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たけさんラーメンと海外フランチャイズの現実
日本に1店舗しかなくても、海外フランチャイズは実現できます。長野県発のTAKESANラーメンは、モンゴル・フランス・ポーランドに計4店舗のフランチャイズ展開を実現しました。その成功の鍵は、「直営ではなくフランチャイズという仕組み」と「ストーリーを買ってくれた現地オーナー」にありました。
日本に1店舗しかないラーメン屋が、なぜモンゴル・パリ・ポーランドに展開できたのか?
―たけさんラーメンと海外フランチャイズの現実

(たけさん小布施本店 長野県上高井郡小布施町)
2026年7月、アセンティア・ホールディングスが主催したオンラインセミナーで、TAKESANラーメン代表の竹田哲章社長と、アセンティア代表の土屋晃社長が対談を行いました。この記事では、その対談をもとに、日本の中小飲食企業が海外に出るための「現実のプロセス」をお伝えします。
最初から「海外」など考えていなかった
長野県小布施町を拠点とするTAKESANラーメン。竹田社長がラーメンの修行を始めたのは2004年。「長野県で何をやろうか」という問いだけを持って、東京の修行先に飛び込みました。
「師匠のお店は横浜家系の豚骨醤油専門店でした。でも最初から、修行しながら長野のラーメンを考え続けていた。長野だったら、信州味噌。それと土鍋——雪国のイメージにぴったりの容器として、土鍋型の発泡スチロール容器を組み合わせたらどうかと思いついたのが修行時代です」
2008年、土鍋味噌ラーメン「たけさん」として長野市に開業。その後10年を経て、2018年に現在の本店がある小布施町へ移転します。それが、運命の転換点になりました。
「海外に出ようとは、全く考えたことがありませんでした。海外に行ったことすら1回もなかった。加盟店の1号店であるモンゴルのオープンが、人生で初めての渡航です」(竹田社長)
「ビーガンラーメン」の要請が、ブランドを変えた
転換点のきっかけを作ったのは、アセンティアからの一つの提案でした。
土屋社長は当時、「豚骨ラーメンの次」を探していました。アジア・中東ではムスリムが多く、豚骨スープは使えません。欧州でも、ビーガンの需要が急速に高まっていました。イギリスのマンチェスターで現地のビーガンラーメンを食べてみたところ、「お湯に醤油を入れただけ」のようなものだった。「これを覆せるものがあれば、海外で通用する」という確信がありました。
「ビーガン対応で、しかも美味しい味噌ラーメンを探していた。そこで、共通の知人の紹介で竹田さんのお店にうかがったのが最初です」(土屋社長)
竹田社長がビーガンラーメン開発で最初に決めたゴールは、「食べた人がビーガンと気づかないこと」でした。
「開発を始めて分かったのは、味噌は醤油・塩より圧倒的にビーガンに向いているということです。固形物でもあるので食べ応えが出るし、グルタミン酸などの旨味も豊富。豚骨を除いたことで、逆に味噌が前面に出た、新しい味噌ラーメンが生まれました」
依頼から約2週間でビーガン味噌ラーメンが完成。アセンティアのメンバーが試食し、「これは本物だ」と確信してから、海外展開の具体的な議論が始まりました。

(初期のビーガンラーメン 信州味噌蔵ラーメン)
なぜ「直営」ではなく「フランチャイズ」で出たのか
TAKESANラーメンの海外店舗は、モンゴル・フランス・ポーランドのすべてがフランチャイズです。竹田社長が自ら現地に法人を設立したわけでも、スタッフを雇用したわけでもありません。
「よく聞かれるんですが、直営で出るのは僕らのような規模の企業には不可能です。知らない土地で、物件を借りて、スタッフを採用・教育して、法律も文化も違う中で管理するということ。日本のすべてを捨てて現地に移住するならまだしも、それ以外では無理です」(竹田社長)
実はこの言葉には、土屋社長自身の「失敗体験」が重なっています。
「2010年にシンガポールに居住して、直営で2ブランドを立ち上げたことがある。それがいかに大変かを、身をもって知りました。土地を決めるのも、人の採用・教育も、文化的な摩擦も——日本でやるより何倍もしんどい。それを経験したからこそ、海外はフランチャイズ一択だと確信した」
フランチャイズであれば、現地オーナーが自分の資金で投資し、自分のビジネスとして必死に経営します。本部は「知的財産を輸出する」——つまり、レシピ・教育・ブランドを提供するだけでいい。竹田社長も含めて社員は竹田社長だけ。それでも4カ国への展開が実現しています。
決め手はいつも「ストーリー」だった
ここに、もう一つの驚くべき事実があります。モンゴル・フランス・ポーランドの加盟店オーナーたちは、誰一人として最初から「ラーメンをやりたい」と言ってきたわけではありませんでした。
- モンゴルのオーナー → 最初はスイーツ・ドーナツを希望
- フランスのオーナー → 最初はジャパニーズチーズケーキを希望
- ポーランドのオーナー → 最初はシュークリームなどのスイーツ希望
全員がアセンティアとの面談や日本視察を経て、最終的にTAKESANラーメンを選びました。その決め手を、土屋社長はこう語ります。
「最後の理由を聞くと、必ずストーリーのことが出てきます。242年続く味噌蔵の敷地の一角に本店を置いて、その蔵の味噌で作るラーメン——このストーリーを自分の国でやりたい、と言うんです。日本に何店舗あるかは全く関係ない、と」
フランスのオーナーは、飲料フランチャイズチェーンのフランスのマスターフランチャイザー権を持つ経験豊富なビジネスパーソンです。その彼らが言い切りました——「フランスでのマーケティングは私たちに自信があります。日本に100店舗・300店舗あることは全く関係ありません」。
歴史はお金では買えない。自分たちの国には絶対に作れないものがある。だからこそ、海外の人たちは日本の本質的なストーリーに価値を感じる。これが、日本1店舗で世界に出られた理由の核心です。
パリの結果:日本の5〜6倍の売上
フランスのたけさん1号店は、2024年のパリ・オリンピック直前にオープンしました。45席の店舗で、売上は日本の本店の5〜6倍に達しています。

(パリ1号店 OPERA店)
「パリジェンヌが店で242年続く味噌を買って帰るんです。既にオープンしていたモンゴル店は在住の日本人が味噌を買っていたのとは全然違う。パリの人たちが、自分たちで使いたいと言って買っていく」(土屋社長)
現在、フランスでは2号店・3号店の展開も進んでいます。さらにポーランド・ワルシャワには2024年夏に1号店がオープン。次の候補地として香港・オーストラリア・アフリカが挙がっています。

(パリ2号店 CHATELET店)
そして竹田社長は、海外FCで培った経験を国内にも「逆輸入」しました。海外加盟店との協議で洗練されたメニュー構成とオペレーション効率化を国内の野沢温泉スキー場店に適用したのです。「これは、海外フランチャイズをやったおかげで出せた店舗です」と竹田社長は言います。
竹田社長から、海外を目指す経営者へ
セミナーの最後、竹田社長はこう語りました。
「フランチャイズで出るのがベストだと思います。そして、誰と組むかに尽きる。今ある自分たちのブランドや商品を無理にいじるのではなく、今ある形をよりよく理解してくれるベストパートナーと出会うことが、一番大事だと思っています」
日本の飲食店が持つ「本質とストーリー」は、海外の人たちが最も価値を感じるものです。店舗数でも知名度でもない。直営リスクを負わず、優れたパートナーとフランチャイズで出る——それが、中小飲食企業が世界に出るための現実的な道です。
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**海外フランチャイズ展開に関するご相談は、アセンティア・ホールディングスへ。業態の磨き上げから現地パートナー探し・契約・オープンまで、一貫してサポートします。**
*※この記事は、2026年7月29日に開催されたアセンティア・ホールディングス主催オンラインセミナー「TAKESANラーメン竹田社長×アセンティア土屋社長 対談」の内容をもとに作成しました。*